CW

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CWに想いをよせて

私が、CWに興味を持ったのは、昭和56年、私が18才の頃であった。
「省電力で外国と交信出来る」「貧弱な設備で遠くと交信出来る」という単純な理由だった。

無線と言えば、モールス、・モールスと言えば無線通信、そんな考えであった。

学生の頃、高校総体の時、無線部の面々が、グランドに無線機を持ち込み、アンテナを設営し、競技の得点を無線で連絡し合っていた。

私はサッカー部だったので、試合の実況をどのように伝えたのかは知らないが、その頃は、無線連絡が一番の連絡方法だった。
アマチュア無線人口もウナギ昇りの頃だ。

私の家は、サラリーマン、鍵っ子、家は持ち家であったが、庭が無く、狭い土地に建てた2階建てである、2階の一室に自作の無線機を置き、アンテナは、裏の電柱2本を利用して、軒下スレスレのダイポールであった。

それでも7メガで、Wなどと交信出来るから不思議なものだ、すっかり気をよくした私は、無線機の改造をしたり、受信性能を上げる努力をしたものだ。

もう、それから、CWに夢中になり、夜昼構わず電鍵を叩いた。

am Student 18 yrs old. name is yuzo hw ?
GUD cuagen 73

簡単なQSOだったが、これがたまらなく嬉しかった。

QSOの参考になる例文もなく、たまに掲載されるCQ誌や、OMのQSOをワッチしながら、 ここは、こんな風に打つのか?そうかBKやHWはこんな時に使うのか・・・などと身体で覚えていった。
今ではネットで検索すれば山ほど出てくる情報が、当時は貴重なものであった。

ローカル局との出会い

アマチュア無線をやり始めたきっかけは、こんな感じであった。

6mAMバンドで交信を始めると、ローカル局と会う機会が増え、お互いにシャックに案内したり、制作中の無線機の話などをするようになった。

私は、CWでの交信の実演をして、ローカル局の驚く顔を見るのが面白かった。

その時の局は、今ではCWを私より上手に打っている。その時の事が役立ったかどうかは不明だが・・・

そんなローカル氏は、私より年上で、よく遊びに連れて行ってくれたり、おごってくれたり、ハム以上の付き合いをさせてもらった。

あれから、40年ほど経った今でも、お付き合いをさせて頂いているのは本当に嬉しい限りだ。
QRTしていた仲間も、定年と共にQRVしてきているようだ。

和文の習得について

今まで、欧文でのQSOを楽しんでいたのだが、少し込み入った事を話そうとすると、壁に突き当たる。

ローマ字で打つのだが、相手も直ぐにローマ字と気づかない。

そんな訳で、平成24年1月の末から、和文を覚え始める、しかし、なかなか覚えられない、「サ行」が特に難しい。仕方ないので、禁断の憶え方を導入「合調法」、ハーモニカ-->−・・・、です。

この合調法は、ネットでは、禁断の方法として記載されているが、私の場合、「かな」をモールスに変換さえ出来れば、その反対も練習次第でなんとかなると・・・

実際、練習していくと、別に大した弊害もなくマスターできた。(今でも時々、不明なコードは合調法であれこれ考えて直ぐに答えを出す)

私の場合、一度覚えた符号は、飽きるほど「聞く」こと、生活のリズムの中に入れてしまうことを実践している。 (今でもレコーダーに録音した符号を暇さえあれば聞いている)

ショートストーリーをひらがなに変換し、更にモールスコードの音声にしたものをICレコーダーに録音する。ショートストーリ16wpmMIDIファイル

未だ、半年、5年は頑張ってやってみようと思っている。

ご協力下さい。

目標

それは、欧文 ラグチューンだ。

ハードルは高いが、何か、面白そうだ・・・

続き

続く


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Last-modified: 2012-09-28 (金) 09:13:07 (2521d)